カップルはデート後のLINEをやめよう。幸せになれるかもしれない

今の彼女とはほとんどLINEで連絡を取り合っていない。もっぱら、週に(大体)一度会うときの集合場所や時間を決めたり、当日に到着の連絡をしたり、撮った写真があればそれを送ったり(彼女は写真嫌いなので最近はそれもあまりない)という程度だ。

それを人に話すと大体驚きをもって迎えられ、二言目には大方「心配じゃない?」「浮気されても気づかなそう」のどちらかが続くことになるのだが、特にこの状態を不安に思ったことはないのだった。それは僕と彼女の性質によるところが大きい。まぁそういうカップルもいる。

で、昨日彼女と駅で別れてしばらく経ってから気づいたのだが、デートの後にLINEでお礼を言い合う習慣を持たないことは、かつての僕が想像していたよりも良いことづくめだった。恋人が自分にとってどういう存在なのか、日に日にはっきりと輪郭化してくるのだ。

一般的なカップルのことを考えてみると、デートの後に「今日は楽しかったよ」とか「気をつけて帰ってね」とか大体そんな調子で連絡の応酬があり、そのまま返しても返さなくてもよいという雑談に流れ込んだり込まなかったりというフローが大半ではなかろうか。これらのやり取りはデートの延長線上にある。つまり、散会しつつも二人はまだLINEを使って"デートをしている"。

一連のコミュニケーションが一切ない場合はどうだろう。改札で恋人の姿を見えなくなるまで見送って、自分の家路を辿りながら今日のことを思い返す。あるいは、明日のことを考える。本を読んだりSNSを覗いたりする。今日のことを書き留めたりするかもしれない。それは、その人個人の日常である。デートは形式的にも実質的にも終わっていて、日常とは完全に分離されたイベントとして二人の記憶にアーカイブされていく。

デート直後の"日常の時間"は、外的な存在としてのその人が、恋人として内面化されていく時間だ。顔かたちや声、仕草、話したこと、それらの総体でしかなかった恋人と、行った場所や食べたもの、見た景色や払ったお金の総体でしかないデートが、自分の世界として意味を持っていく時間だ。人は長い海水浴を終えた後、ビーチに上がってシャワーを浴び、服を着てベッドに寝転ぶ。そのような時間がどんな非日常の後にも待っているべきなのだ。ずっと海で遊んでいることはできない。

よく意味が分からないと思うので補足するが、デートの直後からLINEを続けることは、やや気の抜けたデートをし続けているのと同じことだ。デートは楽しいけど、その分気を使うこともある。恋人と長いことLINEで連絡を取り合っているとき、漫然とその気遣いが継続しているような感覚になったことはないだろうか。デート後のLINEは、非日常体験であるところのデートを、日常の中に薄~く延ばして介在させてしまう働きがある。長すぎる昼寝でかえって疲れてしまうように、予定のない休日を持て余してしまうように、楽しいことは無計画に過剰摂取すると大体楽しくなくなる。

LINEによってデートが漫然と続く、ということはつまり、外的な存在として恋人に"対処"し続ける時間が漫然と続くということでもある。"対処"という言い方はちょっと冷たく聞こえるけど、「恋人にうっとりする」のも「心の底から落ち着く」「楽しい」と思うのも"対処"である。"恋人"という刺激に対して反応し続ける、と言い換えてもいい。

これがずっと続くと、大きな器に満たされた液体が、ほんの少し空いた穴から一滴ずつ零れ落ちていくように、少しずつ何かが目減りしていく。何か、とは"愛情"や"興味"と言い換えることも、部分的には可能かもしれない。でも僕の実感としては、もっと広くて曖昧な意味を含む、しかしとても大切な何かだ。よく"愛情"が"情"に変わって嫌いになってはないけど別れてしまった、というカップルがいるけれど、そういう2人は"愛"でも"情"でもないもっと大切な何かが涸れてしまったのだろうと思う。

さて、「眼中の人」という言葉がある。芥川龍之介菊池寛と同時代を生きた作家・小島政二郎私小説のタイトルに使った言葉だ。目を閉じると、瞼の裏に自然と姿が浮かんでくる人、という意味である。今現在の仲の良しあしや会う頻度に関係なく、誰もにそんな人がいるだろう。自分にとって誰かを「眼中の人」たらしめるものは何だろうか。それは、会って別れた直後にLINEをしないと消えてしまう何かだろうか。定期的に連絡を取り合わないと無くなってしまう何かだろうか。

ここまで語ってきた「恋人が内面化する」とはつまり、自分の眼の中に恋人を住まわせることだ。頻繁に近況を交換しあわずとも、この世界のどこかにその人が生きている、それだけで明日も生きなければならないことが少しマシになる。そういう体験だ。これは理屈ではなく実感だが、恋人にとって自分がそんな存在であれば、それだけで生きていく意味があると思うし、僕にとって彼女がそういう存在であることもこの上ない幸福だと思っている。

結婚はどうなんだ、同棲はどうなんだ、という人がいるかもしれない。LINEどころか、デートと日常がそのまま地続きになっている生活をしているカップルは"内面化"とやらはできないのか、という人もいるかもしれない。僕は結婚したことがないので自信満々で主張することはできないけど、たぶんできるんじゃなかろうか。というか、言ってしまえば「デート後にLINEをしない」というのはただのコツのようなもので、どれだけ長い時間一緒に居たとしても、眼の中に相手を住まわせることはできる。要は、相手は自分にとって何なのか、というとても大切な問いかけの時間を、LINEによる量的コミュニケーションは奪ってしまわないか、という話だ。

結婚については実は長々と書いていたけど、したことがないことについて想像だけで延々と書いていたので説得力が全然なく、あまり上品とも言えないのでここで述べることはやめた。いずれ、結婚してしばらく経てばまた語れるようになるだろう。



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筆者: すなば
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半妄想転職旅行記・箱根編 その1


※この文は実際の一人旅に架空の道連れが居たら、という妄想を織り交ぜて書いたフィクションです

 どこでもいいから温泉のある土地へ一泊の旅行に出かけようと決めて、消去法で箱根になった。6月半ばのある晴れた日、僕は帆布のボストンバッグと帆布のトートバッグを足元に置いて、小田急新宿駅のホームにいた。
「本当にビールを買わなくてよかったんですか」
 アキヨシ君が腕組みをして線路の先を見ながら言った。ごつごつとたくましく日焼けした腕に、小田急百貨店のビニール袋がぶら下がっている。中にはさっき買ったという「浅草今半」のすき焼き弁当とサッポロ黒ラベルの350ml缶が入っている。
「毎日送別会で飲みすぎてるんだ。どうせ夜も飲むんだし」
「僕の会社の同期、先輩の送別会で飲みすぎて女子社員の服にゲロ吐いたんで来月から異動になりました」
「なんだよ、その話……」
 アキヨシ君は僕の後ろに並んで一緒にロマンスカーの到着を待っているのだが、会話をしながら半身を線路側に乗り出して、ずっと線路の先をにらんでいる。そんなに到着を気にしなくても、発車時刻から逆算すればあと2,3分でロマンスカーはくるし、その後は車内清掃で5分くらいは乗れないのだ。彼は手持ち無沙汰なとき、とりあえず遠くを見る癖があった。
「でも、栄転なんですよ。社長室直下のCS企画部ってとこに行くんです。本人は行きたくないみたいですけど。みんな『ゲロ出世だ』って」
「それ、ゲロ吐いたのと異動するのと実は全然関係ないんじゃないの?」
「話しながら僕もそんな気がしてました」
 ホームには続々と乗客が集まってきて、僕たちの後ろにも次々人が並んでいく。僕は列の先頭にいた。かれこれ20分くらいはここに立っているのだ。アキヨシ君とは乗り場で待ち合わせをしていたので、合流したときに少し呆れられた。
「普通は後輩が先に到着するものですよ」
「俺にそれを言われても困るよ」
「いや、早すぎるんすよ。僕だって弁当買ってから行くんでだいぶ早めに家出ましたからね」
「俺はね、暇なんだ」
「はあ」
 聞くとなしにホームのざわめきの中に意識を泳がせていると、どこかでサラリーマンの2人組が「はぁ~~これが温泉旅行ならなぁ!」と嘆き合っている声が聞こえてきた。これから出張に行くのだろう。
「有休取って温泉旅行いくのってもっとワクワクすると思ってましたけど、意外と落ち着いてますわ」
 線路の先をにらむのを諦めたアキヨシ君が、今度は下に置いたリュックを見ながら独り言のように言った。
「3年も働いているのに、今まで1回もなかったの?」
「なくはなかったですけど、4連休とか5連休とかを半年前から計画して取るみたいな感じだったんで。突発的に休みとって旅行いくのってなんかテンション違うじゃないですか」
 あぁ、たしかにそうかもね、と相槌を打とうとした瞬間、
吉高由里子みたいな感じで」
 鼻先を叩かれたような沈黙が生まれてしまった。微妙に分かるような分からないような例えほど時を止めるものはない。その時ホームに、ロマンスカーの到着を告げるアナウンスが流れた。
「やっとだ」
 吉高由里子の件を流しつつひとりごちると、アキヨシ君も「やっとっすねー」とそれに応じた。電車を待つ人の心持ちがなんとなく落ち着かないものになったのを、ホーム内の雰囲気のわずかな変化が僕たちに教える。
 ホームに滑り込んできたロマンスカーからは、箱根や小田原から乗ってきたであろう乗客たちがわらわらと出てきた。老人会みたいなグループや若いカップルやいろいろいたが、僕はその中から不倫っぽい二人組を探すのに集中していた。3組ほど見つけたところでアキヨシ君が
「はやく温泉入りてえな」
 とつぶやいた。

 特急列車に乗るといつもびっくりするのは、席に着いてから出発するまでの素早さだ。飛行機なら座席に腰を下ろしてから離陸するまでたっぷり15分はあるが、列車の場合は文字通り息つく間もなく車窓の景色が滑り出す。このスピード感に毎回小さく驚いてしまう。もし発車時刻に少しでも遅れていたら――と考えると背筋が寒くなるのだ。
 という話をすると、アキヨシ君は「だからあんなに早く来てたんですね」と言いながらもそもそ足を動かし始めた。アキヨシ君は通路側に座っている。「車内販売でいろいろ買うかもしれないんで」と言って窓側を譲ってくれたのだ。
 急に両足をくっつけてもじもじし始めたので急を要する尿意(ないし便意)が到来しているのではと思ったが、どうやらスニーカーを脱ぎたいようだった。飛行機や新幹線で腰を落ち着けたとたんに靴を脱ぐ人はけっこういるが、僕はあくまで装着派だった。到着が近くなったとき、どのタイミングで靴を履けばいいのか迷うのが嫌なのだ。
 新宿駅の屋根を抜け、ロマンスカーはビルとビルの隙間を縫うように走っている。昼の日差しがくっきりと夏のコントラストを街中に投げかけている。
「弁当いつ食べます?」
 アキヨシ君はひじ掛けからテーブルを出していた。飲み物を置くくぼみにはびっしり汗をかいたサッポロ黒ラベルの缶が立ち、テーブル面積のほとんどを占める「浅草今半」のすき焼き弁当に劣らぬ存在感を誇っている。
「もう食べる気満々じゃん。食べなよ。ビールぬるくなるよ」
「いやいや、さすがに町田着く前に弁当食べ終わってんのは萎えますよ。俺的には厚木出たあたりがいいタイミングだと思うんですけど」
「う~ん、厚木なぁ」
 僕も平静を装ってはいたが、弁当を食べ始めるタイミングに関してはかなり慎重だった。早すぎると旅情がない。遅すぎてもあわただしい。適度に東京が遠ざかった時に食べ始め、景色を楽しみながら食事をし、トンネルが多くなる山間部にさしかかったあたりで食べ終えるのが理想的だ。それを勘案すると、確かに「厚木を出たあたり」はかなり回答として正しい気がした。
「厚木を出たあたりでいいと思う。俺もそれくらいから食べ始めよう」
 ですよね、と言うやいなやアキヨシ君は黒ラベルの缶をプシュッと開けた。
「厚木までに一本飲み切ります。車内販売で黒ラベルありますかね?」
 町田が近づいていた。

 厚木を出発してからのアキヨシ君のスタートダッシュはすさまじく、ものの3分で弁当を平らげると2本目の黒ラベルをぐびぐびと飲み干し、「あぁぁ~」と幸せそうに濁ったため息をついた。
「アキヨシ君、一瞬も景色見なかったね」
 僕は「まい泉」のロースカツ弁当をちまちまと食べていた。平時なら僕もビールを飲まずにはいられないシチュエーションではあったが、連日の送別会疲れとアセトアルデヒド脱水素酵素の在庫事情が自制心を強固にしていた。
「思ったより腹減ってました」
 アキヨシ君は薄笑いを浮かべている。
「なんかだんだん楽しくなってきましたね」
 それはたぶん酒のおかげだ。「旅はいいねぇ」とつぶやいて、僕は窓外の景色を見た。厚木の町並みを抜けると、公園なのか森林なのか判然としない緑地のそばを突き抜け、畑と小さな住宅地が交互に現れるようになる。小学生のころ、両親に連れられて帰省した祖母の住む町はこんなところだったな、と思った。アキヨシ君は思い出したようにスマホを取り出すと、空になった弁当と缶ビールを写真に収めていた。
「インスタに上げるの?」
 冗談のつもりで訊くと、アキヨシ君は「今彼女に送りました」ともっと信じられないことを言った。
「ごめん、なんでか聞いてもいい?」
 アキヨシ君はすらすらとスマホを操作しながら、「いや~~なんか変な感じなんですよね」とお茶を濁す。僕は食べ終えた弁当をビニール袋にしまった。
「彼女って、前会った時と同じ子だっけ」
「そうっす」
 たしかアキヨシ君は1年くらい前から高校時代の同級生と付き合っているはずだった。
「順調なの」
「まぁまぁですね」
 どうも要領を得ないので、一旦僕は会話を切り上げることにした。アキヨシくんは熱心にスマホを操作している。彼女は働いているはずだったが、時間を見るとたしかにお昼休みどきだ。彼女の方がスマホに張り付いていて、すぐに返信がくるのだろう。仲はいいみたいだ。
 僕もなんとなくスマホを開いてみたが、ニュースサイトのアカウントからメッセージが1件きているだけだった。窓の外に目を移す。と、突然景色が暗転してごぉごぉと低い音が反響した。トンネルに入ったのだ。
 ペットボトルのお茶を口に含んで、ふぅ~と大きなため息をつく。
 その5秒くらい後に、アキヨシ君の身体が座席の上で小さく跳ねた。
「あ~もうっ」
 液晶画面を下にしてばん、とスマホをテーブルに置く。
「どしたの」
 僕が顔を向けると、アキヨシ君は黒ラベルの空き缶を指先で凹ませた。ぺこんっと小さく鳴きながらお辞儀をするように星マークが下を向く。
「めんどくさいんですよね、彼女……」
 順調じゃないじゃん。

(つづく)


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筆者: すなば
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石川県・転職旅行記2

前回はこちら
comebackmypoem.hatenadiary.com


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 ちょうど地元の高校の下校時間と重なり、七尾線の車内は高校生でごった返していた。中・高と都心の男子校で育った僕は"田舎の高校生"という生き物を全く見慣れておらず「笑ってコラえて」のダーツの旅に登場する架空の生き物とすら思っている節があったため、隣の席に田舎の女子高生、正面に田舎の男子高校生、彼らを挟んで向かいの席には田舎のギャル、という状況はとても刺激的だった。隣席の女子高生が弁当の残りを食べ始めたときには思わず拍手しそうになったくらいだ。
 ゴトゴト揺られている内に高校生の姿も少なくなり、1時間ほどで七尾に到着した。ここからローカル線に乗り換えるのである。ホームに降りると、もはや姿を消したと思っていた高校生たちが他の車両からわらわらと降りてきたのでびっくりした。その内の半分くらいは検札台の駅員に定期を見せて慣れた様子でローカル線に乗り込んでいく。2両編成の、おもちゃのような電車である。
 問題が1つあり、僕はPASMOでここまで乗ってきたわけだが、このローカル線はICカード非対応なのだ。検札台の駅員に「ICなんですが」と聞くと、50代後半くらいのくたびれたバッタのような顔の駅員は「ダメだよそれは」ともごもごつぶやくように言った。ダメなのは知っている。
 どうすればいいのか聞くと、ICカードの精算は後日他の駅でなんとかして、とりあえず七尾から和倉温泉までの運賃を車掌に払ってくれとのことだった。ワンマン運転のその列車は、地方の路線バスのように、乗車駅で整理券を取って降車駅で料金を支払う仕様だった。
 幸運にも財布の中にはぴったりの小銭があり、和倉温泉駅での降車はスムーズだった。改札を出ると、旅館の送迎酒の運転手が待っていた。恰幅がよく、どことなくパディントンベアみたいな雰囲気がある。マイクロバスに乗り込むと、中年女性の2人組が穏やかに笑いながら何かを話していた。箱根でもイヤというほど見た組み合わせだ。

 客室からは海が見えた。

(旅行記はここで終わっている)

(いずれ追記します)


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