雨の生き物

長い雨に街が煙っている。

高いところから(たとえばデパートの最上階の喫茶店などから)その様子を見ると、古い映画のノイズのような雨の線の中に、何かがうろうろと宙をさまよっているのが見えるだろう。

長く雨が降り続けるとき、その街の上空には雨の中でしか生きられない生き物が居つくのだ。

姿は魚に似ている。体に色はなく、もっぱらグレーや、オリーブや、くすんだコヨーテなど、雨に霞む街の背景に同化する。大きさはまちまちで、小さいものは小型犬くらい、大きいものはクジラくらいある。

特に何をするわけでもなく、ただ雨雲の下をうろうろと泳いでいるのだが、その生き物の直下にいると、雨粒が一度生き物の身体を通過するので、雨が少し優しくなる。

伊勢丹のショーウィンドーの前で、赤い傘を目印に人を待っていたのだが、急にばかばかしくなって歩き出した。ちょうど青になった信号を渡り、カメラ屋の前を通り過ぎ、交差点をもう1つ渡ってドトールの前を通り過ぎ、道沿いにずんずん歩くと新宿御苑の入り口についた。

入り口で入園料を払って中に入り、雨で人もまばらな苑内をふらついていると、小さな丘のようになったところの松の木の下で、何かが浮かんでいるのが見えた。

近くに寄ってみると、それは小型犬くらいの大きさで、魚の形をしていた。円筒形の水槽があるかのように、松の木のそばからつかず離れず行ったり来たりゆらゆらと泳いでいた。

じっと見ていると、その生き物に小さな目がついていることに気づく。ビーズのような小さな目は、沖縄の土産屋に売っているガラス玉みたいな、作り物じみた深い青色をしていた。私がその目をのぞき込むと、それは眠たそうにゆっくりまばたきをした。

松の木の下に立ちつくしてそれを見つめる私のそばを、相合傘のカップルが通り過ぎる。視線を松の木の向こうにやると、2人組の女の子が傘の下から自撮り棒を伸ばしてスマートフォンを雨の下に晒している。

防水なのかな。

私が目を戻すと、松の木の下には何もいなかった。視線をめぐらせても、あの魚のような姿はどこに見とめることもできなかった。私は手に持っていた傘の柄をくる、と半回転させた。雨が閉ざしたグレートーンの世界に、この赤い傘が身震いする小さな生き物のように、誰かの目に留まればいいと思った。


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筆者: すなば
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