夜の飯田橋と銭湯、あるいは川底の街

日曜日だったけど日程の動かせない仕事があり、午後から夕方まで働いていた。仕事を終え、飯田橋でカレーを食べながら僕は、「今日は銭湯に行くしかない」と思っていた。

日曜夜の飯田橋は人影もまばらで、閑古鳥の鳴く鳥貴族以外にはほとんど居酒屋も閉まっており、どことなく閉園したテーマパークを思わせた。

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冷え込む夜だった。平日は酔客や学生であふれる通りはがらんとして冷たい風に吹かれるがまま、巨大商業施設「サクラテラス」の近未来的なビルは夜の底から遠くを見渡すように沈黙して立っている。僕はどこか深い川の底を思い浮かべた。冷たい水の流れの中を泳ぎながら、川岸の大きな木を見上げているようだった。

夜の飯田橋が川の底だとすれば、カレー屋「YAMITUKIカリー」はウナギの住処のように、ビルとビルの間をくりぬくように存在していた。バー風の店内は奥まで続くカウンター席のみで構成されている。客は誰もいなかった。

僕はここでバターチキンカレーを食べた。

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昨日ひどく飲酒し、二日酔いを引きずったまま半分眠ったように業務をこなしていた僕は、このカレーを食べて初めて人間としての活動を送ろうという気になった。とはいってももう夜と表現して差し支えのない時間だ。昨日の今日で酒を飲む気にもならない。そもそも明日も仕事だし。あと外はすごく寒い。ならば、

銭湯に行くしかない。

カレー屋を出て夜の川底を泳ぎ、地下鉄のホームに潜り込み、膨れた腹を抱えて僕は家路を急いだ。

銭湯のことを考えながら帰宅して、銭湯のことを考えながらコートを脱ぎ、銭湯のことを考えながらデニムを脱ぎ、銭湯のことを考えながらスエットを履き、銭湯のことを考えながら手を洗って、「山岸」と名前の書かれた赤いスイミングバッグ(多摩美の学祭でもらった)にタオルと替えのパンツと肌着と財布を入れ、ユニクロのコーチジャケットを羽織って僕は家を出た。

東京の公衆浴場は460円が入浴料だが、近所の銭湯は100円追加でスチームサウナを利用できる。どうにも寒くて風邪を引きそうなので、受付のおばあちゃんに「サウナをお願いします」といって560円払い、サウナ利用者専用のリストバンドをもらった。後ろの入り口からは、受付のおばあちゃんに「寒いですねぇ」と笑いかけながら背の低い中年の男性が入ってくるところだった。

服を脱いでロッカーに突っ込み、ボディタオルと洗顔料だけを持って浴室に入る。今日は空いていた。さっきの人の好さそうな小さいおじさんと、身体を洗いながらそのおじさんと歓談している肌の白い爺さん、それに、炭酸泉に浸かっている山から下りてきた熊のようなおじさんの3人だけだ。

洗い場で身体と髪と顔を洗って、ケロリンの桶で湯をかぶり、立ち上がって桶と座椅子を元の場所に戻す。奥には「本日の薬湯」と「炭酸泉」の2つの湯舟があり、ゆっくりと歩んでまずは向かって左側の「本日の薬湯」に入る。人が3人入ればいっぱいの、サイコロ状のコンパクトな湯舟だ。湯の種類は「ラベンダー」だったり「イングリッシュローズ」だったり日替わりだが、今日は看板に何も書いていない。

名前の分からない緑色の湯の中に脚を入れ、身体を沈めると、頭頂部のところできつく締めた蓋がゆるむような気がした。飯田橋で吸い込んだ最後の空気を押し出すようなため息が出た。高い天井にくり抜かれた八角形の湯気抜きの、誰も覗けないような場所にある窓が見えた。

視線を戻すと、湯舟の隅に、ふやけたゆずの皮がビッシリ入った大きめの洗濯ネットがくくりつけられて浮いているのに気づく。僕はそばまで行って、ネットに顔を近づけてみた。白い紙に一滴だけ垂らした黄色の水彩絵の具のような柚子の香りが、湯気に混じってかすかに漂った。

少しの間じっとしてから薬湯を出て、隣の炭酸泉に浸かった。湯の中からざばぁと出て、裸体をひたひた歩かせて隣の湯にまた浸かると、自分が何か呑気な水棲動物になったような気分がする。泡がぼこぼこ湧き立つ湯舟の中で、僕は何となく脚を曲げて体育座りをした。

脱衣所からは、体格のいい丸坊主の青年が入ってくるところだった。太い眉と細い目、形のいい頭は、よく手入れされた地蔵を思わせる。彼は白いタオルを1枚だけ持っていて、洗い場に座るとケロリンの桶いっぱいに湯をためて頭からかぶった。

修行みたいだな。

その時ふとサウナの存在を思い出し、僕は再び湯からざばぁと上がって、出入り口の横に備え付けられているスチームサウナを目指した。三畳くらいの広さのサウナは、出しっぱなしのシャワーの水音で満たされている。ヒーターで熱した石にお湯をぶっかけ続けて蒸気を生み出しているのだ。タイル張りのサウナの中はそこはかとなく市民プールの更衣室みたいな匂いがする。備え付けの砂時計をひっくり返し、蒸気でひたひたに濡れた人工大理石の腰掛けに座った。お湯の中で開いた全身の毛穴からだくだくと汗が出てくるのを感じながら、僕はうつむいてフゥゥと大きく息を吐いた。

3分を測る砂時計が2回ひっくり返って、サウナを出た僕はシャワーボックスに入って全身にぬるま湯を浴び、炭酸泉のところまで歩いて、隣接した水風呂にゆっくりと入った。足先からふくらはぎ、ふくらはぎからもも、ももから尻、尻から腰。全身が水に浸かると、逃げ場を失ったサウナの余熱が髪の毛から蒸散していくような気がした。

30秒くらい浸かってから再び炭酸泉に入ろうとしたとき、さっきの地蔵のような青年がまさにお湯に身を沈めたところだった。彼はそのまま壁にもたれかかり、ぼこぼこと泡立つ湯舟の中で、くしゃくしゃに丸めた新聞紙のように破顔した。ジャングルをさ迷い歩き、3年ぶりに風呂に入った人ならこのような表情をするのかもしれない。

僕はそれからサウナと水風呂に2回ずつ入り、薬湯にもう一度浸かって浴室を出た。体を拭いて着替えてから銭湯入り口の待合所に行くと、地蔵の彼はソファに腰かけ、コーヒー牛乳の瓶を片手に、備えつけの週刊文春をテーブルに置いて読んでいた。

僕は牛乳を買って、彼の隣に座った。

同じ水に浸かった生き物がいることに、なぜか静かに救われていた。