心に「ギャル」「OL」「ボーイ」を住まわせる

毎日を機嫌よく過ごすことから全てを始めなければいけないと思った。

複数のプロジェクトのピークが重なり会社で個人的繁忙期を迎えていた僕は、ここのところ激流を遡行する鮭のようにかろうじて毎日を生きていた。

朝起きる。シャワーを浴びる。会社に行く。会議会議作業昼会議会議作業作業会議作業作業夜22時。退社。食事を済ませて帰ると23時半くらいで、シャワーを浴びて支度を整えたらもう今日という日が暦上終わろうとしている。そんな日々だった。

人は生きている限り精神的貴族でなくてはいけない。たとえ1日の99%が他者や、社会や、自らの生理的欲求からの要請で埋められていようとも、残された1%の過ごし方を毅然として選び取る主体こそが精神的貴族(あるいは貴族的精神)というものだ。

そして、精神に貴族的余裕を持つことが難しいとき、それでも人の心を下支えするのが生活であり、日々の生き方であり、心がけなのだろう。

クソみたいな日々でも、心の中に貴族を住まわせ、その貴族のために生活を組み上げ、毎日を生きる。

そういうわけで、僕はいま大きく分けて「ギャル」「OL」「ボーイ」という3人の貴族のために生きている。(※最初に断っておくが、あくまでこれらは僕の心の中に住んでいる貴族の話であって、現実の人物を揶揄する意図はない)


ギャル

「ギャル」は感情と言葉が直結した貴族だ。

また、その感情も4種類しかない。「ウケる」「ヤバみ」「神」「は?」である。

利己的で素直な「ギャル」をもてなすには、朝が最も適している。朝は、多くの平日において最も自分が自由に構築できる時間帯だからだ。

晴れた朝はカーテンをさっと開けて、爽やかな光を部屋に入れる。昨日買っておいた甘いパンとカフェラテを振る舞う。シャワーを浴びてきちんと身支度をし、鏡の前で「今日もイケてる」と唱えて家を出る。

OL

「OL」はスマートさと美しさを尊び、泥臭さと外圧を嫌う貴族だ。

「OL」をもてなすのは、社会生活に身を置く昼間がいい。

ランチはあくまでマイペースに、映画や恋愛や旅行について考えながら食べ、デスクで済ませるときも自分がいま「オフ」であることはあくまで主張する(机上にプリンとコーヒーを置きPCのディスプレイの電源を落とすなど)。

会議や電話応対は愛想よく、人の話もよく聞くが、その実、感情は別の楽しいことを考えることに費やされており、要領よく物事をこなす。

上手な虚実の切り分けが「OL」の機嫌をとるコツだ。

ボーイ

義務から(部分的に)解放される夜には「ボーイ」をもてなそう。

「ボーイ」は生理的欲求に素直な貴族だ。肉が好きであり、楽しいことが好きであり、動物が好きであり、気さくで優しく、少しだけシャイである。

「ボーイ」はよく動く。腹が減ったら食べたいものを食べる。人とよく話し、よく笑い、中身のない会話よりも楽しくない会話を嫌う。

夜は銭湯で「ボーイ」を広い湯に泳がせたり、大きな肉の塊や白米を食べさせたりするのが効果的だ。気の合う人との無駄話もいいし、時間があればサイゼリヤで仲のいい人と話し込むのもいい。

おもちゃやゲームも楽しい。でも歯磨きとお風呂、それと宿題はちゃんとさせて早く寝かせよう。

そして朝がきて、僕の中で「ギャル」が目覚める。

最近はアンガーマネジメントの一環として、あるいは対人関係のコツや単なるライフハックとして、「自分の機嫌は自分で取る」という言葉がブームだ。

たしかに言いたいことは分かるけど、そうは言っても不機嫌な自分や怒っている自分、悲しい自分を押し殺すのも忍びない。

だから、別に「ギャル」や「OL」や「ボーイ」でなくてもいい。自分の中でふてくされている「貴族」を発見し、その「貴族」が快適に過ごせるよう、機嫌を取りながら生活していこう。

何はともあれ、生きるほかないのだから。

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筆者: すなば
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