猫の生、詩の嘘

実家では猫を二匹飼っていて、いやこの表現は正確ではなく、僕はかつて猫を二匹飼っていて、僕が家を出た時、自然にその二匹の猫の命は父と母に託された。そのうちの一匹が少し前に生涯を閉じた。一月の終わりのことだった。

二匹の猫は姉弟で、僕が十六歳の頃に家族に迎え入れられた。その頃の二匹はまだ握りこぶしくらいの大きさで、何をするにもしきりににゃぁにゃぁ鳴いていた。

数年経ち、僕は大学生になり、両親がしばらくの間海外に移り住むことになって、僕は家に残って二匹の猫を世話することになった。この間、少し僕の身辺は乱れて、それでも猫の命だけは守ろうと考えていた。命を預かっているという自覚だけが、僕を正気の生活にとどめたぎりぎりの一線だったかもしれない。まぁ、猫にとってそんな都合はどうでもいいことだ。

両親は二年後に帰国した。僕は大学を卒業して働き始め、一年半後に家を出てひとり暮らしを始めた。糖尿病になった弟猫に注射をすることも、トイレのシートを取り替えることも、いつの間にか吐いている毛玉を片付けることも、家を出る前に服をコロコロすることもなくなって、両親だけがそのルーティンを継続した。

さらに五年が経つ。

その夜、僕は在宅勤務を終えて、ウーバーイーツで届いたブリトーをもそもそ食べていた。思ったより仕事が長引き、料理をするのが面倒だったのだ。

スマホに母から電話があって、出ると、弟猫がもうだめかもしれないとのことだった。食事を始めた父の皿を見物しに食卓に上る日課をこなそうとした時、血栓が大動脈に詰まって突然足腰が立たなくなったらしい。動物病院の主治医は、もうできることはないから家で見守ってください、と猫と母を帰し、帰宅した母は僕に電話をかけた。

見るのも辛いかもしれないから、来るかどうかは任せる、と言って母は電話を切った。僕は残りのブリトーを口に押し込み、自転車を飛ばして実家に向かった。一昨年から、ひとり暮らしの意味があるのかというくらい実家の近くに住んでいた僕だったが、引っ越してよかったと思った。

家につくと、リビングルームの中央に、敷物やクッションで、身動きの取れない猫のための空間が作られていた。そうして僕たち家族は、考えられる限りの介護を行った。

そこから猫が死ぬまでのことは書かない。

次の日の朝、一階の、庭に近い部屋の窓辺に、たくさんの花が供えられているのを僕は見た。花々の中心にはamazonダンボール箱があって、その中にはタオルが敷かれていて、タオルの上にはしとやかな毛並みの一匹の獣が横たわっていた。花畑の中で眠っているみたいだった。花は、父が朝一番で買い求めてきたのだという。

葬儀の手配は昨夜のうちに済んでおり、僕たちはそれまでの時間、ふつうに朝食を食べた。

葬儀のことも、特に書くつもりはない。

一通りのことが終わったあと、僕は次のような短歌を詠んだ。

さよならを言えない君は空を見てあそこに行くと僕に教えた

この歌は一から十まで嘘で、彼はたぶん、自分が死の際にあることすらも最後まで理解できていなかっただろう。別に空を見てもいないし(上を見たところであるのは天井だけだ)、ましてや「あそこに行く」なんて思うはずも教えるはずもない。

それでも僕はこの歌を詠まなければならなかった。ひとえに感傷から、こういう歌を詠む必要が生じた。僕が短歌に親しんでいたからたまたま短歌の形になっただけであって、例えば僕がミュージシャンなら同じような感傷で曲を作ったり歌詞を書いたりしていたかもしれない。それはわからない。ただ、巨大な感傷があった。すでに無秩序な物質となった亡きがらの周りに爛漫と万花を添えることと、それは同じ種類の感傷だ。

生も死も、十三年の時をかけて存在した彼の全霊を、もはや通過した後だった。後はただ、依然として存在を続ける僕たちだけの問題だった。生きているものの問題だった。

今でも僕は、夜中にBUMP OF CHICKENの『宝石になった日』や東京事変の『落日』を聴いて泣くことがある。わざわざ聴いて泣くのだ。泣いて、特に意味のあることを思うわけでもないが、ただ漠然と「生きよう」と考える。身体は何があっても生きようとするがゆえに、生きている限りは最後の最後の一瞬間まで生きるしかないことを、そのわかりきったことを、僕はあの夜に直視したのだから。すると、ごく小さな痛みだけが残る。この痛みだけがずっと残っていくもので、短歌を詠んで泣き、歌を聴いて泣き、在りし姿を思い出しては泣くときの、打ち寄せるような大きな悲しみは、やがて少しずつ小さくなって、取るに足らないさざ波になっていくことを、もう僕は知っている。

詩は嘘であるかもしれないが、嘘を限りなく削ぎ落とした後に残る真実とは、死を迎える身体の理不尽だけだ。ならば僕たちは嘘に生かされているのだろう。それに、全部嘘でも別に構わないから、僕は猫がいたことを覚えておきたいのだ。全部嘘でも構わないから、僕がまだ生きていたいのと同じで。


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筆者: すなば
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